人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

リコー
リコー高成長への再挑戦(下)=変革の中核人材育成
課長級選抜、役員と議論

2005年3月15日 日経産業新聞 朝刊 9面

記事概要

 「次の発展に向けてチャレンジしつづける企業」、桜井正光リコー社長が目指すリコー像である。そのためには社内に変革を起こす人材が必要だ。桜井社長は3年前、次代の経営を担う人材をつくるために従来の枠組みを超えた「コアリーダー研修」をスタートさせた。現在の経営を引っ張る社長以下の役員と、グループ全体で7万3000人の社員から厳選された30人の課長級管理職とが1年間、月1回の泊り込み研修を通して、徹底的な対話を繰り返す。テーマは「社会や市場の変化をどう読むか、その変化に対して、どういう取り組みをすればよいか」である。まず、社長が先陣を切って考えを披瀝する。その後、役員がそれにつづく。役員と研修参加者との対話は毎回、4日間にわたる。場合によっては他社の人を招いて議論をする。かつてリコーの(絶対的な)強みとされてきた「全社一丸の団結力」を再構築して、再びリコーを高成長企業に戻す悲願がこめられている。

文責:清水 佑三

「度胸」はリコーのDNAかもしれない

 筆者の年代の者にとってリコー=市村清=三愛主義である。日本の科学技術史上に燦然と輝く(財)理化学研究所とリコーの関係はおもしろい。市村清が標榜した三愛主義もおもしろい。

 リコーという会社を理解するためには、創業の歴史と創業者の人となりを知ることがどうしても必要だ。創業の歴史については次のように要約できるだろう。

  • 大正6年、日本の理化学研究の中核機関として(財)理化学研究所が創設された。
  • 第3代研究所長大河内正敏は、研究成果の事業化に取り組み、理化学興業株式会社を創立した。
  • 事業化の柱の一つに図面の複製に使われる「理研陽画感光紙」があった。いわゆる青焼きである。
  • 青地に白線の印画を得る従来型に比べ、白地に青線の印画が得られる理研の青焼きは売れた。
  • 特に九州地区総代理店であった吉村商会の店主、市村清の成績は抜群であった。
  • 大河内は市村の働きを評価し、理化学興業の感光紙部門の長として彼を招いた。
  • 市村は理研感光紙事業を伸ばし、昭和11年、理研感光紙株式会社を創業した。
  • これが現在のリコーにつながる。

 市村清という創業者を理解するためには彼が倦まずたゆまず語りつづけた「三愛主義」を知ることが必要だ。未曾有の敗戦を経験してほどなく、昭和21年12月(46歳時)に、グループ機関紙「三愛」(創刊号)上に市村は次のような文を書いた。

− 「愛」の精神は、すでに多くの偉人たちが説いている。(略)私はあえて「三愛」の旗を掲げる。字引に「三愛」とは出ていない。三愛は私の発見であり、同時 に絶対の信念である。私の提唱する三愛主義とは、人を愛し、国を愛し、勤めを愛する精神である。(略)事業についていうならば、社員を愛し、資本を愛し、 事業そのものを愛する。教育について言うなら、教師を愛し、生徒を愛し、学問そのものを愛することである。自己を磨くときは、過去を反省し、現在を努力 し、未来に希望を抱いてそのすべてを愛し、感謝する−

 こういう文章を秀才はまずかけない。矛盾だらけだからだ。

 市村の凄さは、矛盾を矛盾として感じないところにあった。創造的な人がほぼ共通にもつ性質だ。市村の周囲にいた人が、どんなにか彼に幻惑され、魅惑されたか(この文章だけからでも)よく想像できる。

 創業の歴史から思うに、リコーは卓抜した「科学技術」を開発する会社ではない。そうではなく、卓抜した「科学技術」を「売る」ために存在する。リコーの本質は「売る」ところにある。トヨタとよく似ている。

 もう一つ創業者の存在のありようから類推するに、リコーの先行きは誰も読めない。シナリオが合理性をもつ場合に限って(インテリジェンスを駆使すれば)先が読める。矛盾を矛盾とみない創造的な精神の持ち主の明日の行動は誰もわからない。多分、本人もわからないだろう。

 リコーがこの記事にあるように、7万3000人の社員の中から厳選して30人を選び、トップ自らが若い彼らに帝王学を授けているのが事実ならば、創業者の精神は脈々と生きている。

 7 万3000人の社員を合理的に比較・評価するすべはない。えいやっと選ぶしか手はない。そういうふうに選んだ人に対して、トップが、一定の時間を割いて、 自分の企業観、仕事観、人間観を語り、対話を求めることは、よほどの度胸がないとできない。(優秀とされる)30人は、ほとんど偶然によってそこにいるだ けだからだ。

 これ以上ないハイリスク・ハイリターンなことをしているといわざるを得ない。まさにこれが 教育であり、挑戦だと思う。30人は選抜された事実と、優れた人との対話が触媒となっておお化けしてゆくだろう。階層別の全員教育を繰り返している企業に は思いもよらないやりかただ。

 リコーは、過去、そうであったような大きなアップダウンを繰り返して、今よりももっとすごい会社になるのではないか。

コメンテータ:清水 佑三