人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

日本マクドナルドホールディングス
群馬の店長提訴へ「非管理職で残業代なし」

2005年10月5日 毎日新聞 朝刊 29面

記事概要

 群馬県在住のマクドナルド店長T氏は、10月4日、東京都内で記者会見し、日本マクドナルドが30分未満のバイト料や残業料を支払っていなかった事実に関連し「私自身、店長になって年収が300万円減った。月、70時間から100時間の残業に対して店長は管理職だからという理由で時間外手当が支払われていなかった。残業が月100時間にも及ぶ勤務実態は(管理職としての)裁量性がない事実を示している」として同社を相手に2年分の未払い残業の支払いを求める訴訟にはいることを明らかにした。一方、T氏ら店長について、日本マクドナルドは、(1)出・退勤時間の自由(2)人事権をもつ(3)報酬が高額、を理由に(店長は)管理監督者であり、労働基準法で定める残業代の適用除外職務にあたるとして争う構えをとっている。

文責:清水 佑三

プレーイングマネジャーでないマネジャーは少ない

 記事中、東京管理職ユニオンの名がでてくる。T氏の言い分を紹介する際に、T氏や東京管理職ユニオンなどによるとの文言で登場する。

 東京管理職ユニオン(以下、ユニオン)がどういう活動を標榜しているか、ユニオンの公式ホームページに次のような記載がある。この団体の性格がよくよみとれる。

・・・ユニオンは私を助けてくれるのですか

  東京管理職ユニオンは「指導も救済もしない」「自己決定責任」を謳う組合です。組合員はお互いの経験と知恵を出し合い、協力して問題に取り組んでいます。 大切なのは貴方の主体的意志。自分が何をめざし、どう行動するのかを決めるのは貴方です。「どうしたらいいのか」ではなく、「こうしたいけど一緒に闘って くれ」というあなたの訴えに東京管理職ユニオンは惜しみない協力をいたします。

 この表現から察するに、加盟(企業)労組を支援する単産(単一産業別組合)のような縦系列での活動支援ではなく、カウンセラー的なスタンスの支援団体なのだろう。

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  毎日新聞の記事は「非管理職で残業代なし」が目に飛び込むように大きい見出しがつけられている。小さい活字で群馬の店長マクドナルド提訴へ、とつづく。こ の大見出しだけを斜めに読む人たちは、ふーん、マクドナルド(以下、マック)は(先にニュースになった)バイト料の30分未満を切り捨てだけでなく、非管 理職にも残業代を払っていないのかと思うだろう。マックには酷な扱いだ。

 この記事がとりあげた問題はマックだけに限定されない。学校を卒業してからもっとも早くいわゆる管理職のポストにつくのが「店長」職である。多店舗展開するすべてのリテール、サービス業について「要研究」の問題といってよい。

  あまりに早い年齢で店長に就けるために、こうした多店舗展開事業者の新卒採用基準には他の業種と比較して著しい特徴がある。何よりも「場を仕切れるかどう か」をみたい。たとえば、20歳代の後半で店長職に就くとする。料理飲食を業とするどこかの店にあきらかに暴力団風のものが一人のバイトに因縁をふっかけ る場面。

(大声で)
「店長をださんかい」
「背広がぐしゃぐしゃやないけ」
「はよつれてきてーな。あほったれ」

(店長が登場、静かに)
「おまえけ、店長は。わかいやんけ」
「おまえの店、どういう教育してけつかる」
「オレの背広みんかい、ぐしゃぐしゃやないけ。どうしてくれんの」

(もっと大声で、テーブルを叩き)
「あほ、ぬかすな。お前、目え、どこにあんやの、ここ触ってみいな」
「これからオジキんとこの大切なイベント出んといけんのや、どないすんの」
「店長裁量でできることあるんやろ」

 この模擬場面でのやりとりを実際の採用選考の課程にいれる。英語でロールプレー・エキササイズという。社内に、竹内力もんばかり見ている人がいるとロールプレーは一層凄みを増す。こういう場面で落ち着き払って、堂々の演技をする学生が時々いる。

「静かにしてください。警察を呼んでいいですか」
「うちのバイトは水をこぼしていない、といっています」
「自分でかけたんではないんですか。お帰りください」
「ゆすりになりますよ、いいですか」
「**さん、警察を呼んで。110番してください」

 演技を忘れて口をワナワナ震えさせてしまう応募学生は残念ながら次のステップに進めない。ことほどさように、店長は店員のかたわらにあって店員と善意の客の両方を守る。会社を守るのではないのだ。これが管理職でなくて何を管理職というのか。

 多店舗展開をする企業の新卒採用基準を要約しておく。ほとんどの企業が20歳代の店長を睨んで次のような基準をおいている。

  • 説得力がある→ややこしい交渉ごとが苦にならない。
  • 指導力がある→的確に、短い言葉でなぜ、なにを、どうするか指示できる。
  • 人に関心が強い→どういう人がどういう行動をとるかつねに観察して辞書をもつ。
  • 順応性がある→顧客にあわせて言動を変えることができる。
  • 心配性である→今日の店の売上があしたあるとは限らない。手をうたないと…。
  • 競争心が強い→絶対に前の店長の成績を凌ぎたい。
  • 決断力がある→警察を呼ぶべきだと判断するまで時間がかからない。

 こうした採用基準から逆算してゆくと、マックに限らず、多店舗展開している事業体の店舗店長は「もっとも管理職的な仕事をしている」といわざるをえない。

 この提訴の行方はよく見守る必要がある。判決が出たら、判決文の隅から隅までなめるようにして読むべきだ。労働基準法が時代の流れに対してどういう踏み込んだ認識を示すか。筆者はマックの判断を支持したい。

コメンテータ:清水 佑三