人事改革、各社の試み

HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。

NTTデータ 管理職育成で2制度 マネジメント力向上

2005年8月26日 日刊工業新聞 朝刊37面

記事概要

 NTTデータは8月25日、課長級以上の管理職2000人を対象に「コミット制」「360度観察」の2制度の導入を29日から行うと発表した。「コミット制」は管理職一人ひとりに、自らの果たす役割について「誓約書」の提出を求め、誓約した内容の履行を求めようというもの。「360度観察」は、管理者として求められている行動の実践度を、上司・同僚・部下などが観察しコメントを加え、それを本人にフィードバックして行動改善につなげようというもの。コメントの収集、フィードバックなどをすべてネット上で行う。新しい制度の導入をとおして、課長級以上の管理職に対して、部下の育成、コミュニケーション、リーダーシップなどのマネジメント力の向上を図る狙いがある。

文責:清水 佑三

NTTデータの画期的な試み、興味津々なり。

 人事改革の主要テーマ「中核層の強化」事例を紹介した日刊工業の27行の短い記事であるが、注目すべき内容を含む。

 注目すべき点は二つある。ひとつは、コミットメント(誓約)という視点、もう一つは360度観察を「周囲からのコメント」のフィードバックに限定した点である。解説を加えよう。

(管理職にコミットメントを求める)

 数年前であるが、ある経済誌のトップ・インタビューに次のようなやりとりが載ったことがあった。話題になったので覚えておられる方がいるかもしれない。多少の文飾を加えている。

記者: 社長就任以来、発表のつど下方修正が続いている。社長の責任をどう考えるか?

社長: くだらない質問だ。管理職が働かないからいけない。毎年、事業計画をたて、そのとおりやりますとコミットして実際はやらない。計画をたてたら達成する責任があるはずだ。達成できないものは代えるしかない。それが成果主義ではないか。

記者: 社員がやらないからといえば確かにそうだが、やらせられない社長にも責任はないのか?

記者: 社長の責任は違う。株主に対してはお金を預かり運営しているという責任があるが、社員に対しての責任はない。やれるか、やります、というのが社長と社員の関係だ。経営とはそういうものだ。

 物議を醸した部分もあるが、よく言ったと心中、快哉を叫んだ社長も多かったはずだ。その心理を忖度して、社長の発言を戯画化して表現すれば次のようになろうか。

  1. 自分の役割は会社のあるべき姿を思い描く作曲家であって演奏家ではない。自分は自分の信じる曲を正しく譜面に書いて指揮者に渡した。
  2. 指揮者はこれならうまく弾けますといって指揮を引き受けた。
  3. 演奏会がはじまってから聴衆が騒がしい。この曲はつまらないといいだした。うまく弾けますといって引き受けた指揮者まで、曲がおかしいと騒ぎ出した。
  4. うまくやれますといって引き受けた演奏家の問題ではないか。

 「聴衆」を「市場」と置き換え、「指揮者」を「管理職」と置き換えれば一定の理解を得られると思う。笛吹けど踊らず、の思いはすべての社長の共通的な感慨である。

 管理職にコミットメント(誓約)を求める人事制度の導入(=経営意思)の背景には、こうした笛吹けど踊らぬ、管理職の有言実行力の弱さへのトップのいらだちがあるとみる。

 記事は、コミット制について次のように書いている。

 ・・・コミット制は管理職に対し、部下の人材育成、コミュニケーション、リーダーシップの三つの観点から、自らの果たす役割を誓約書として提出させ、役割遂行を徹底させる。

 禁酒、禁煙、早寝早起きを誓約させて実行を徹底管理するようなもの。グループ1万8千人強の人たちが全部、このルールで動いたときは体調不全からくるケアレスミスは激減しよう。

 同じように2000人の課長級以上の管理職の人たちが、かりに、自ら誓約書に書いた、

  1. 仕事に意欲をなくして休退職を申し出る社員を当期ゼロにする(人材育成)
  2. 会社・部署の戦略、目標がわからないという部下をゼロにする(コミュニケーション)
  3. 求心力の弱い部署だという声が周囲からまったく出なくする(リーダーシップ)

 とおりを有言実行したとしよう。

 会社総体として耐震強度のようなものを想像すると確実によい方向に動くに違いない。カルロス・ゴーン流の誓約経営術である。

(360度観察はコメントのみ)

 欧米の大企業が多く使っている360度観察法は人事考課には有効ではなく、デベロプメント(その人へのインスパイア効果)によいとされる。それが定説になってきている。

 360度観察法のやりかたを解説すれば、観察すべき項目を定めて、(観察対象者の)周囲からの評価点を集めて、人事考課に近いイメージで項目別評価点を出すやりかただ。得られるものは人間ドックの結果表のようなもの。

 それを本人に解説書つきで戻す。たとえば、人材育成、コミュニケーション、リーダーシップ別に上司、同僚、部下がみた行動ぶりが得点化される。5点法でいえば、あなたは人材育成1(ダメ)、コミュニケーション3(平均)、リーダーシップ5(優秀)という具合になる。

 解説書には、項目・得点の意味やデータの集計法や結果の見方が書いてある。この結果を鵜呑みにせず、どうして他者があなたの行動ぶりをそのように評価したかについてよく考察してください、それがとても大事ですと説く。

 この制度をとおして、自分の言動が、行動の発信者の思惑と関係なく異なったインパクトを周囲に与えている事実と向き合える。360度観察は組織全体を謙虚にする確実な効用がある。

 NTTデータが人事改革に導入した360度観察のやりかたは、記事を読む限り、極めて日本的なものだ。日本でなければ生まれない視点、要素をもっている。

 つきつめれば人の行動ぶりを単一次元の尺度に落とし込むことへの拒否感情の発露である。主観を集計してもって客観的評価とする「技法」に対して、多くの日本人は鋭敏な感受性を働かせて首をかしげる。その感情を逆手にとっている。

 ならば集計、フィードバックする情報を、尺度別評価点ではなく、主観的なコメントだけにとどめてみたらどうだろう。周囲が感じていることを本人に知らせないよりはいいのではないか。

 どういう結果が出るかやってみないとわからない。

 尺度別項目を基準にして数値化する従来のやりかたと比べて(NTTデータ方式が)どういう利害得失をもつか興味ぶかい。結果は予測できない。興味津々というところだ。

 360度観察は原則、匿名方式なので2チャンネルと同じような「排泄的言辞」の山になるかもしれない。

 いずれにしても、二つの管理職を鍛えるための新制度はユニークであり、日本的だ。三公社五現業の沿革をもつ企業から、独自の思考を経て生まれたことはよく理解できる。

コメンテータ:清水 佑三