人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
JR西日本
来月から新制度 軽微ミスの処分緩和 「事故の芽」報告促す
2005年8月23日 産経新聞(大阪) 朝刊 2面
記事概要
JR西日本は、8月22日、大事故につながりかねない「事故の芽」を重視し、その情報収集ができる社内報告制度を9月から発足させると発表した。従来、事故やミスは、報告があがると社内処分の対象になるだけでなく、軽微のものであっても、賞与や昇給等においてマイナス評価につながるため、報告があがりにくい社内風土があった。今回、軽微なミスやトラブルを「事故の芽」と位置づけ、積極的に報告させることが、事故の発生原因の分析やそれにもとづく対策づくりに役立つとの判断からこの新制度導入に踏み切った。新制度の導入にあたって、現場運転士の負荷を減らすため、該当するミスやトラブル(選択肢)に丸をつけるだけでよい記入法の簡略化の工夫もなされた。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
問題解決とはかくのごときか、昼夜をおかず
コメンテータ:清水 佑三
8月19日の毎日新聞(大阪)に、38行の短い関連記事が載った。あわせて読むと理解がゆきとどく。「運転士適性検査充実を」と見出しされた(毎日大阪の)本多健、高橋一隆記者の署名記事に次の文言がある。
…JR西日本が設置した外部有識者による「安全諮問委員会」第2回会合で、運転士の適性検査に技量審査に加え、性格診断なども導入することが提案された。
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産経新聞の記事には、従来のJR西日本の運転事故区分が紹介されている。重要な知見を含むと思われるので、一部補足を加え、転載させていただく。
信号無視など、運転士に重大な過失があるとみなされる事故
停車駅通過など、運転士に(強く)反省を求めるべき事故
軽微なオーバーランなど、運転士に反省を求めるべき事故であるが、(一)より軽いもの
一分以内の遅れなど、現場管理職による事情聴取を行い処分扱いにするミス
新制度は運転事故区分を次のように変えた。
上の二つの区分については従来どおり、賞与ダウンなどの人事評価の対象とする。この部分についての基本的な考え方の変更はない。
大きく変えた点は次の部分だ。
「事故の芽」という新しい区分を設け、該当事象をもれなく会社が把握する体制に変える。
従来は反省事故(二)として処分対象だった電車二両分(約40メートル)以内のオーバーランは、「事故の芽」区分に入れて、処分対象から外す。
同様に事故に至らない阻害として処分対象だった一分以内の遅れも、「事故の芽」区分に入れて、処分対象から外す。
現場管理職の事情聴取によって「調書」が作成され、「処分」「賞与ダウン」等が続けば、処分する側もされる側もいい気持ちではない。職場のボーリング大会も楽しくできないだろう。自然に隠蔽体質が醸成されていく。
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ここから先は筆者の想像、推測である。
かりに新制度が思惑どおりに運用され、今まで隠蔽されてきた「事故の芽」事例のデータベースが蓄積されてゆくとする。
データマイニングや人工知能のPDP(並列分散処理)などの最新分析技術を上手に使えば、事故原因の構造要因(分類箱)がつきとめられよう。
そういう分析プロセスを通して得られる鉄道における事故原因は次の四つに大別できよう。
2)から4)までの原因に対しては、構成概念妥当性と呼ばれる「合理的思考」によってシミュレーション装置をつくることができる。事故モデルを一定の論理操作で作ることができ、その効用を模擬実験装置で検証できる。
問題は1)の運転士個人に帰属するもの、のスタディである。冒頭の毎日新聞(大阪)の二人の記者が書いた記事に戻れば、運転士の適性検査に「性格診断」を導入したらどうか、という提言がそれにあたる。
個人の性格や人格を一定の機械的プロセスで測定し、その結果をもとに(事故原因保有者の)レッテルをはることにつながりかねないこうした試みには、社会の公序良俗の維持という観点から、多くの反対の動きがある。
一般的には性的犯罪常習者に代表される触法性人格障害者問題としてくくられる問題だ。
筆者の意見はスタディそのものを禁じてはならない、である。そこで得られた知識をどう使うかという問題とスタディそのものをタブー視する問題とは次元が異なる。
そういう観点から、今回のJR西日本の「事故の芽」の積極的な収集に賛成する。大惨事を防ぐてだてはこうした「事故の芽」の丹念な収集と、人類の叡智の結晶ともいうべき最新の分析手法の活用から生まれるに違いないと思うからだ。
安全文化醸成に向けてJR西日本の確かな足取りを感じた。論語にいう「ゆくものはかくのごときか、昼夜をおかず」の言葉をふと思い出して、題とした。
大事故を通して多くの批判を浴びたJR西日本はいい方向に変わるかもしれない。