人事改革、各社の試み
HR領域のプロフェッショナルが独自の視点で新聞記事を読み解いたコラムです。元記事のジャンルにより、各社の改革事例紹介である「人事改革事例」編、改革のキーマンに焦点を当てる「ひと」編があります。2008年更新終了。
旭硝子
新人事制度さまざまな工夫 成果主義定着へ試行錯誤の2年
日経産業新聞 2005年8月16日 朝刊 11面
記事概要
旭硝子は2003年春に、工場技能職の大半の昇給を45歳で停止させる新賃金カーブを導入した。従来は55歳まではゆるやかな右肩上がりで上昇し、55歳で垂直落下させて以後60歳までは横ばいとしていた。新しい制度では、右肩あがりの上昇カーブを45歳までとし、以後60歳までを横ばいにするカーブに変えた。多くの企業が定昇廃止、成果主義賃金の導入後、新制度の根付けに苦労している中で、旭硝子の制度設計、新制度定着に向けての工夫は、成功事例としてみることができる。具体的には、新しい制度の設計にあたっては労使の共同研究会等を通じて時間をかけて練り上げていった。いままで誰がつけているのかわかりにくかった考課者を、ガラス張りにして顔が見えるようにした。年4回のフィードバック面談を制度化して一人ひとりの自己評価と考課結果の乖離をなくしていく努力を積み重ねた。
文責:清水 佑三
HRプロならこう読む!
メーカーにとって技能とは何かを考えさせるよい記事
コメンテータ:清水 佑三
日経産業部の川崎満記者の「旭硝子研究」論文である。本文だけで推定2200文字ある。ビジネス誌などの類似記事に比べ、誰が読んでも わかる「平易さ」に特徴がある。特に「賃金制度の仕組み」という囲みは出色だ。日本企業史における賃金制度の推移が絵解きされている。わかりやすいし要領 がよい。なるほど、なるほどと読める。
川崎満記者によれば、旭硝子の賃金制度は次のような変遷をたどっている。
総合職、一般職の扱いについては多くの企業との違いはみられない。要約的にいえば、総合職、一般職とも与えられている裁量の大きさ、仕事の影響度 によって一定の年俸(額またはランク)が予約される。狙ったとおりゆけば予約どおりの賃金が支払われ、満たなかった場合は減額される。
管理職、総合職ではくくりが大きくなり、目標の定義が時々の戦略、状況が勘案されて「ファジー」になる。結果的に狙いどおりにいかないことが多く、減額幅も大きくなる。一般職は事務機能が中心なので減額ではなくランクの滞留となる。
旭硝子において特徴的なのは、技術職における評価の考え方である。前年評価(実績)の上に翌年評価が積みあがる方式を残している。同時期に総合職と技術職に別れて入社した者どうしを比較して考えればその違いがもつ意味がわかる。
総合職従事者においては、毎年、ご破算に願いましてはでゼロベース評価される。状況や展開次第でアップダウンする可能性が出てくる。技術職従事者 においてはそれがない。アップダウンがない。階段を上るスピードは要求技術の習得度に応じて変わるが、少なくとも下の段に下がってしまうことはない。
この考え方の根底に、硝子技術の連続性、蓄積性という特殊要因が作用しているとみる。技能が一人ひとりの手先の感覚に宿ると考えた場合、組織とし て、連続性、蓄積性を重視しないと危険だ。評価に対する不満でベテランがやめていってしまう。20年かけて習得、蓄積された技術があれば、それを会社の宝 として考えようという思想が垣間見える。
中印(中国、インド)における技術者の台頭は、こうした長期にわたって培養、発酵した技術・技能には及ばない。かりにそれがある工業製品において クリティカルな価値をもつとすれば、技術者の移転のほか、その工業製品には中印といえども手がでない。旭硝子の新人事制度における技術者優遇の視点は、そ のリスクを織り込んでいるとみる。
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「制度設計」「考課者」の見出しがついた部分もそれぞれ面白い。しかし「フィードバック」と見出しがついた部分で紹介されている「一計」はユニークだ。フィードバック面談の実施率を高めるための方策であるが、概略は次のとおり。
とるにたらない児戯に類することではない。制度の運用とはこういうことをいう。制度をつくればそのまま動くと考えるほうが児戯に類する。
時価1兆円を超える企業でありながら、ROEは10%を超えているのが旭硝子だ。歴史のある製造業ではめずらしいことだ。この記事を読んでよく理由がわかった。
本質的なこと、大事なことをケレン味なくさらっとやる智恵と勇気があるのだ。良き伝統である。